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2010年12月12日 (日)

コースターとコップ

人。というものを「片付けられる方」と「片付けられない方」で2つに分別した場合、
自分でいうのもナニであるが、自分は「片付けられる方」の部類に属するだろうと思う。
 
まてまて。
別に、自分がよい子ちゃんだと言いたいわけではない。
 
最近、自分の周囲にチラホラする「片付けられない部族」に共通してみられた行動があったので書き留めておきたいのだ。
 
それが『コップをコースターに戻さない』という行為である。
 
お店でドリンクなどが出されたときなど、コースターはコップについた水滴がテーブルを濡らさないために必ず敷かれているものである。
ウチでも客人を持てなす際にはやはりその点を気にしてコップはコースターを敷いて差し出す。
 
彼らはそこにコースターがあるにも関わらず、飲んだコップを必ずしもコースターに置くわけじゃなかった。
 
なるほど。
「片付けられない部族」というのはコースターがあることを気にすることなく、直にコップを置いちまうもんだからいつもテーブルは水浸し。そうして結果よごしていっちまってんだな。
と、言いたいんだろうと思うかもしれないが、そうじゃない。
 
モノを片付けるときの基本的鉄則といえば「もとあった場所にもどす」ではなかろうか。
そして「出したものは使ったらしまう」であり、幼少期には幾度と聞いたような啓蒙である。
 
そうしていれば片付けるそれ以前に「散らからない」のである。
 
それはコースターとコップでも同じことが言える。
つまり「コップをコースターに戻さない」行為を普段何気なくやってしまっているのだとすれば、机も部屋もモノを出しっ放して戻さない、という行為にまるまる置き換えることができるだろうと。
そのようにして家内は散らかっていき、やがて取り返しのつかないほどの阿鼻叫喚たる有様になってしまうのではないか。
 
とはいえ、まるで鬼の首を取ったように調子にのって駄弁っているが、実はまだサンプルはたった2人であるうえ、甚だおこがましいほどの個人的な見解なのである。強い証明力はない。
 
それを本人に話してみたら、「それはウチにコースターを敷く文化がなかったから」という反論も受けた。いやそれにしたってな。
 
ただ、思い当たる節はなかろうか。
あわよくば、アナタがそうでないことを祈る次第である。ラキラキラキキ

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