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2010年10月20日 (水)

張り紙の刑

帰宅後、その翌日。
朝、駐車場に出て血の気が引く。「車がない」と。
急いでいるのにどうしよう。と焦る。
 
最後に乗ったのはいつだったかな、寝ぼけた頭でその記憶の回路を辿ってみた。
東京出立のその前日、のしかも夜、浜松へ行った帰宅すがらに近くのスーパーへ寄ったぞ、と。
翌朝の旅路に必要なミネラルウォーターを買ったっけ、と。
でそのあとどうした、と。
 
そうだ。思い出した。
というか多分こういうことだ。
そのまま歩いて帰ったのだ、と。
 
その近くのスーパーへはいつも歩いて買い物にゆく。
だから普段通り、歩いて帰ってしまっていたとしても不思議じゃない。
いや、充分不思議か。
無意識だったために身に覚えがない。
無意識というよりこの場合は「クセ」といった方がいいかもしれない。
何度も同じ動作を繰り返すうちに体に染み付いてしまった習性とも言うべきか。 
 
実は、自分の車がないことに気づいた前夜もそのスーパーへ足を運んでいた。
無論、徒歩でである。
しかも帰り際、「迷惑駐車」の張り紙をベラボウに貼られた自分と同じ車種の車を目撃している。
このときは「哀れな」と思っただけで話のネタにしようとしていたぐらいだった。
 
まさかそれが自分の車だったとは夢にも思わなかったのである。

このスーパー、無断駐車の取り締まりがキビしい事でも知られている。
それを知っているからこそ「しない方が良い」ということは自分が一番よく知っていたつもりだった。
 
哀れ、この日の朝はスーパーまで車を取りに行った。
特に何も告げずに「迷惑駐車」の張り紙をその場で剝がして乗って帰った。
実質、4日間も迷惑な駐車をしてしまっていたのだ。
張り紙は窓という窓を全て塞いでいた。
なにか日頃の恨みでも晴らすかのように「これでもか」というくらいベタベタと。
そのあまりの光景に怖くなって身震いさえした。
お客様と「そうでない者」を徹底的に分断し、そんな悪者をかんぷなきまでに叩きのめそうというその店舗理念と志たるはすさまじい。引いては善良なお客様のためでありますからして。
自分の車はこうして4日間、善良なお客様へもまたそうでない者たちへの「見せしめ」として、役にたったようである。
 
うそ。完全に自分が悪いのは明白じゃないか。反省すべし。
他所へ置き去りにしたことで哀れな姿を晒させられたこの車にも申し訳ない。何かケーキでもごちそうしてあげたい。
 
さて、しかし残されたのは張り紙を貼るために使用された超強力粘着質・ガムテームの痕であった。
  
 
後日談、
それから何日間かかけてチマチマと剝がす作業に追われるハメになったわけだが、
そう一筋縄ではいかんので、最後には「スーパーノリクリン」というプロが使う粘着シール除去剤をあるルートからお借りし全て剝がすことに成功した。まさにリーサルウェポン、これが気味が悪いぐらいいとも簡単キレイさっぱりとれたのである。良かった良かった。

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