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2010年9月22日 (水)

イタい人

よく「イタい人」と言うが、どんな人のことを指して言うのか。
見ていて思わずこっちが恥ずかしくなるような行動をしてしまう人のことを罵倒あるいは侮辱するような言葉であると理解している。あるいは差別用語である。
 
ただその罵倒の強度は通称「イタ車」と呼ばれる車がすでに世間に浸透しているように、もはや一般化されているところからみて軽度な印象との見方もある。
そもそも「イタい」という表現自体ジョーダンめいているからうかつに使ってしまいがちなのだ。
  
以前、なるほどと思わされた件があったので例にとってみる。
「映画のタイトルを間違えて言う」は、「イタい」ことになるだろうか。
 
通常は「イタい」に含まれないのではないかと思う。
誰にだって言い間違いはあるし、ついうっかりということもあるからだ。
ましてや、たかだか映画のタイトルを間違えただけ。
 
では「映画のタイトルを間違えて言う」から→「イタい」という言葉に結びつくにはどんなアルゴリズムが成り立つのだろう。
 
「 映画のタイトルを間違えて言う + ◯◯◯◯ = イタい人 」という計算式である。
この◯◯が埋まる瞬間、人は頭の中で「こいつはイタい」と思ってしまうらしい。
 
自分ならこの状況下、どんな場面ならば相手を「イタい」と思うことが出来るのだろうと考えてみる。
あくまで自分の見解だが、◯◯の答えは例えば「さも自分はわかってますけど?風な言い方をしていた場合」なんかがあてはまる。本人にその意志はなくても。
散々その内容について偉そうにしゃべくりまくってたあげく、そいつのそれが間違った理解だったとあらばどうだろう、見ていて思わずこっちが恥ずかしくなる。
ゆえに「イタい人」と結びつけることが可能ではないだろうか。
 
ところがこれには「こいつはイタい」と思う側の人間がはなから相手に対して上から目線だったり疑心の性根がないかぎりいきなり「イタい」には結びつくことはないのではないか。
 
では「映画のタイトルを間違えて言った」側についても取り上げてみる。
例えば、TVで女子アナウンサーが「映画のタイトルを間違えて言う」した場合、人によっては「か、かわいい♥」となるかも知れない。またある人はイタいと思うより先に「言い間違いやがって!」と憤慨するかも知れない。TVということで「あとで訂正するのかな?」と疑問を浮かべるものもいるだろう。
何故そうなるかは言わずもがなである。
要は思われる側と思う側の関係性が関連しているのだと思う。
 
イタいと思われた瞬間、そこに少なからず罵倒や侮辱や差別が存在する。
そう思われたくなければ、映画のタイトルを言うだけにしても過敏に神経を使うことになる。
また「偉そうに」と相手に捉えられないよう、発言には繊細な工夫も必要になってくるだろう。
それらは人を「イタい」と思う人たちのためにするわけで、ひいては己のためである。
 
そうして周囲の目をうかがい何もできなくなってしまうタイプが、もっとも自分に近い。
それこそ「イタい人」と呼ぶに相応しいのだと学び、なるほどと思わされた次第である。
 
 
人それぞれ個性があって当然であるし、じゃあ「イタい」と思われることがそんなにヤなのかよと問われればそれもまた違うのではないだろうか。
これを「どーでもいいし」で片付けられる人は人を「イタい」と思うことがない人なのだろう。
 
さて、すでに承知のことと思うがこうして「イタい人」というタイトルで「イタい人とは」を考察し、さもわかってます風に口説いているまさに今の自分自身が「イタい人」であるということで一応のSFショートショート的なオチをみせる。
 
思われぬが仏か。思わぬが仏か。
疲れるな。アイタタ、どんどんどん。

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