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2010年7月

2010年7月30日 (金)

「i」のつく事変

こんなオモシロ話がある。
 
単刀直入に言う。母がiPadを買った。
iPodでもなく、またiPhoneでもない。
 
正確に言えばまだ商品は手元に無く、のちのち自宅に届く手はずになっている。
つぶいやいたこととも重複するが、こんぴゅうたとは縁遠い筈の当人がなぜ急にiPadの購入に至ったか、聞けばこれはごく簡潔に説明がついた。
 
すなわち、TVでやってたから。
そして、仕事場で若い衆に知っているかを問われたから。
 
まずTVでやってたからというのは、TVでやっていた=イコール話題なのであり、流行なのであり、トレンドなのであり、人気なのであるといったまるで誤った解釈を、知ってか知らずかすぐに鵜呑みにするというクセに関連づけられている。
崇めよ我はTVなり、とはよく言ったものだが「信じる教義の甘美を絶え間なく届けよう」と掲げたTV教の信徒の方々には周到に造られた報道のその真の部分は気づきにくい。
iPadにしたって一部のIT業界や出版業界などがマスメディアと一致団結して煽っているのだとしたらたちまちただの商売戦略にしかみえなくなってしまう。
 
別に否定するつもりは全くなくって。バカにだってしていない。
自分もTVだってよく見るし、まったく影響されないといえばウソだ。
実際iPadだってのどから手が出るほど欲しいのだから。
要は「甘美はおいしい」という概念自体が甘美を毒にもさせているということ。
明日はわが身と身構えよう。
 
次に、若い衆に知っているかを問われただが、実際当人はこんぴゅうたと名のつくものには滅法弱く、PCだって持ってなければインターネットのネの字も知らない。
これまで「i」のつく製品には触れたこともなければおそらく気にしたこともなかったはず。
しかし「知っている」ではなく、「持っている」にすればステータスがぐんとあがる。
理由など当人にはこれだけで充分だ。
これも別に否定はしない。むしろいさぎがよく、カッコよくもある。
 
 
溯ること2日前。
自分にこんなメールが来た。
「アイパットっていくら?」
これもつぶやいたことと重複するが、まず「パット」と言ってるところに引っかかったということもあり、ましてやこんぴゅうたの話で質問をふってくる母に意外性を感じて目を疑ったのである。
ちなみに「アイパット」を調べたらキッチン用スポンジの商標だったりと、わざわざそんなことを自分に聞いてくるはずもないだろうと思いはしたが、まだ信用できずに一応聞き返しそして確信した。
どうやら本当にiPadのことを言っていたので驚いたのだった。
 
そして「いくら?」と聞いてきた時点で、これは値によってはすでに購入を決めているということも理解出来た。はっきり言ってデンジャー。
ろくに調べもせず価値も解らずして、値のみで判断し折り合いがつけば即購入という単純回路で成立するパターン。
実はこのようなことはごく頻繁にある。
そしてその単純回路の最後の砦を委ねられる場合は多い。
普段なら、このような「思いつき」を番人の自分としては止めねばならない。
これまでだって幾度か突発的な突拍子を阻止して来たが、今回はモノがモノだということで正しい判断が失われてしまっていた。何より自分が今欲しいモノの一つだからな。
阻止はせず、軽く見守るつもりでいたが、あまつさえ母の前でプレゼンまでしてしまい、その数分後にはアップルオンラインショップにて注文決定をクリックさせられてしまった。
 
iPadは否定的な意見もいろいろと聞く。
その必要性や利便性を問われたら、「とくにありません」と答えてもおそらく間違いじゃない。
ただ例えば、ゲーム機。ゲーム機に必要性や利便性は問わない。
なぜなら理由はオモシロそうだった、からにつきるからだ。
そもそもiPadに必要性や利便性を問うこともまた違った見方だと言わざるを得ない。
もちろんビジネスで活用しているヒトもいるけど、「iPadのある生活」自分にはそれがオモシロそうだからという理由だけで充分なんである。
 
つまり、コレに関しては購買意欲に母子ともども大した理由など持ち合わせてないという結論に達した。
 
ただしiPad、実はPC本体、iTunesのアカウント、無線LANルータの設定など、実はかなり敷居が高い。
最初にコレをクリアしなければ使うことすら出来ないので注意が必要なのだが、当人そんなことは知る由もない。
そんなこんなであとは到着してから、ということになるが少々先走ったために先が思いやられている。
まさにピッグにパール。されど変化を恐れることなく常に新しきを取り入れるその姿勢。尊敬さえ抱く。
 
使い道を問うと、とりあえず「ネット」と言っていた。
そう、一番理にかなっていて安心した。
他にネットデバイスを持ち合わせていないので大活躍してくれることだろう。
 
まさか自分より先に手に入れてしまうとは夢にも思わなかったが、当人のこと、早々に「飽きて」しまうのではないかとの懸念もないわけじゃない。ま、知ったこっちゃないけど。
ただコレに関して「飽きる」という言葉が当てはまるかどうかは違う気がしている。
例えば、毎日歯を磨く行為。これに「飽きる」という表現を用いないように。
ネットを閲覧する。これも今や当たり前だし、普通。
こうしてごく当たり前のように生活の一部になってくれることを期待している。
 
ま、そんな姿を想像することすらできないのですが。
はてさて、ちょっと愉しみw

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2010年7月24日 (土)

ap bank fes'10

7月17,18,19日と「ap bank fes'10」がつま恋にて開催されいた。
mattsunたちに誘われて最終日の19日、そこにピクニックがてらに出かけた次第。
 
この日は、光の重さすら気にかかるほどの炎天下。
物凄い日差しだったが、UVケアはきちんとした。
 
「ap bank」を知ったかぶると、音楽プロデューサーの小林武史さんと、ミスチルの櫻井さん、そいで坂本龍一さんが設立した「環境プロジェクトに融資を行う非営利組織」のこと。
その活動の中に今回のようなフェスがある、と。
メインはライブだが、ここで面白いのが、環境にやさしい食べものや商品の販売、自然のなかで楽しめるワークショップなどが行われており、マイ箸、マイカトラリーを持参しましょうとの徹底ぶり。
 
で、我々はライブに参加するわけじゃなくって、このフェス(お祭り)広場でのピクニックが目的だったわけ。
 
ちなみにこの日は、久保田利伸さん、パフィ、Dragon Ash、そしてミスチルら他、多数のアーティストがライブを行い、我々は姿は見えなくともスピーカーから爆音で聴こえてくる「生歌」を、贅沢にもバックグラウンドミュージックにしながら、ビニール製シートを敷きその上に腰を降ろし荷物を広げパンやコーヒーを摘みながらトーク、と心地良く過ごした。
 
ちなみに、このパンやコーヒーはmattsunが事前に用意してきてくれていたものだ。
自分はワケがわからず軽装備で来ていたが、彼のはち切れんばかりのリュックサックは登山家もビックリだったに違いない。
 
Ap2
 
リズムを刻み出すヒトも多数。
yasutakaのはしゃぎぷりも印象的だった。
UNOをやったり、フリスビーをやったり。
  
Ap3
 
いよいよ日が落ち、会場でのライブが終わったのだろうか、そのタイミングで花火があがった。
今年初見。
 
Ap4
 
after partyには、My Little Loverのakkoさんのライブに参加できた。
全員参加可能。ステキだった。
 
さて丸一日をフェス会場にて過ごしたが、我々の手元には入場券としてついてくる1000円分のクーポンが残っていて、こいつを使わない手は無かったが、もう閉館も間近だった。
唯一、温泉や食事処に使えるということでその足でそこへ向かい、各々クーポンは使いきったが、問題はそのあと。
 
帰りのバスが無くなった。
 
我々は仕方なくここから駅まで歩いて戻ることにした。
1時間くらいかかったのだろうか、終電には間に合った。
フシギと苦になることはなかった。
夏の夜風を浴びながら、満腹の余韻に浸り、一日を振り返る。
打ってつけだった。

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2010年7月21日 (水)

インセプション

インセプションを観た。
これはこないだの日曜。
この日は本当はジブリ「借りぐらしのアリエッティ」を観るつもりで来ていたけど混んでたので次回に見送った。
けど、夢をテーマにしたこの「インセプション」はどちらにしろ観る予定でいたので、先行上映の期間内に早まった。
  
監督はクリストファー・ノーラン。
バットマンの「ダークナイト」がとても良かったので期待していた。
そして、”今話題の3D"での上映を監督の意向により敢えて実行していないという事実を知り信頼性までが高まっていた作品。
 
先に言うと、その期待に応えてくれた。
平凡な表現になるが「スゴ」かった。
 
テーマが夢。他人の夢を共有。夢に侵入するための装置。そして夢の侵略。
これらを聞いたらあの「パプリカ」を連想せざるを得ないわけだが。
 
ファンタジーになりがちな夢の世界をまったくの逆を突く圧倒的リアリズムで描いていた。
そんなヴィジュアライズでもうまずやられる。
 
ほいで緻密な設計。
夢の中の夢、またその中の夢、といった階層設定に思わず引き込まれずにはいられなくなる。
観終わったあと、夢から醒めたばかりのような感覚さえあった。
 
それもそのはず。とにかく「難解」だった。
ストーリーは追えても、気になる箇所に考え込まされた。
ユーモラスだったのが、ストーリー上夢から目覚めるためにとるとある方法が、エンドロールにも仕掛けられていて思わずニヤリとした。
 
あとそうそう、平凡な表現になるが、ディカプリオの相棒役がとくに「カッコ」よかった。
 
トイストーリー3、インセプション、観終わってまたすぐにでも2度目が観たいと思える作品が続く。なかなかないぞ。
次回鑑賞予定の「借りエッティ」も、そうであってほしい な。

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トイストーリー3

トイストーリー3を観た。
と前にもかいたし、ついぶいたりもしていたが、それも何日前のことだろう。
 
調べたところ、そうそう14日のTOHOデーに行ったのだった。
それから5日くらい経つが、この「トイストーリー3」、観終わったあとの満足感はいまだに消えることなく残っている。
 
一言でいうと「見事」。
もちろん趣味もあるが、久々に映画本来の愉しみに満たされた作品だった。
映画本来の愉しみとは、ワクワクでありドキドキでありハラハラであり、そして、「笑いあり涙あり」という言葉を易々と掲げたモノじゃあない本当の意味での感動だと思っている。
 
そう、本当の意味での感動。それも単純で明解な。
どうせ子供向けだろぉ? って、たわけめ。
その時点で自分が大人んなってしまったことを恥じるといい。
子供でもわかる。でも決して子供向けじゃない。
過去に子供だった大人にこそ向けられていると思ったんだ。
そういうのをピクサーは魅せてくれた。こうであってほしい。
 
とにかく、満足した。
 
 
あ、
そういえば、コレ3Dで観た。
話題になりだしてからは2度目。ここからはちょっと違うお話。
けど前にアリスのときにも感じたことだけど、やっぱり3Dの意味って無い。
眉間がこそばゆいし、薄暗レンズでせっかくの画面の彩度が失われるし、何より大きいスクリーンでみているはずなのに視野が狭まったような感覚になるし、集中力を欠くし。
全員がおんなじオモシロメガネをかけてて滑稽だし。
 
そもそも本当に流行ってるのか、メディアに踊らされてちゃいないか、 
「雑誌の水は甘いと噂の、さっそく数値はメジャーの兆し」
いまや3Dを唱っていれば自然とヒトが集まるわけだけど。メガネ代だって安くない。
商業香る裏声ヨロレイヒこそ早めに疑って然るべき。
浜岡原子力館の無料3Dショートフィルムの方がまだスゴかったよ。
しばらくはもう3Dじゃ観ないもんねーだ。ぷー。
 
とまぁ、ここまで言うこともないんだけども。
これは「期待」のあらわれだという風に受け取るように。

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2010年7月16日 (金)

古きモノ新しきモノ 3

はからずも、三度に渡った蛇足の駄文もこれをもって打ち止めたい。
結局どこに終着するのか現時点では全く予想も想像もつかない。
とりあえず、先へ。
 
で、なにはともあれ「JBLのサテライトスピーカー」は思い留まったわけだ。
そしてリサイクルに出す予定すらもない。
現在はiPodを繋いでみている。
普段使いより更に手軽に丁度良いということを今になって気づかされた。
古きモノも新しきモノと組み合わせることで、また違った表情をみせる。
そして、良いモノはやはり良いという事実。
 
安い粗悪品を購入すれば結局はその場かぎりの消耗品にしてしまって壊れて捨てるハメになるのが関の山かと。第一そんなものに愛着など沸こうはずもない。まさに損なモノだ。
そんなジャンカーも存在するがやはりそれでは効率的ではないし明日はわが身と身構えたい。
 
さて、オークションだがそういう場にいるのはジャンカーだ。
ただ明らかに異なるのはそのモノに対して異常なコダワリを示すマニアック側のジャンカー。
ゆえにジャンカーじゃないじゃんかー、とサブい事を言ってはみたが中毒という意味ではさほど違いはない。
それが買い手になるわけだし、こちらも求めるターゲットである。
 
ところでこんな俗世間的やらしさを漂わす駄文をわざわざと続けたのにも一応理由がある。
すなわち「オチ」を盛り上げるためである、と。
過去を、整理・清算するイチイベントととして始まるこのトランプ遊びにも結果というオチがつく。
 
本来ならこんな下世話な記事は伏せたいところだと何度も言いたいが、それすらもイベント的にしてみてはどうかという想いで始めたこの駄文ショーは先の「オチ」によっては笑い話へと変わることだろう。
また、別の結果次第では「iPad」なんかと交換したいな、と。
古きモノが新しきモノへ、しかもこれまであったモノからの新ではなく、全く新しいデバイスとの交換となればこの「古き新しき」になにがしかの意味的価値が付加されるのではないかと考えている。
 
しかしハナから期待などしていない。( ゚∀゚)o彡°ない!!
前述したように、そこに損得感情を芽生えさせること自体が愚かな行為。
だから「オチ」を愉しみにする。
そうしてイベント自体を盛り上げて行こうとする、はっきり言う「空元気」を駄文によって振りまいているだけにすぎないので。
と自分に言い聞かせたところでここいらが終着点ではないか、と見切りをつける。
 
さ。
で、結局「売る品」って何なのよ、という話だがこれは別に言いたくない。
そして撮影しなければならない物品はまだ山ほどあるので、それもボツボツ進めていくことだろう。
 
今を生きるための過去を、整理・清算する作業。
想い出を開けるカギに記憶を呼び起こされ、また、改めて気づかされることもいくつもあった。
すでにイベントとして充分すぎる価値を得ていることも、忘れては行けない。
 
( ゚∀゚)o彡

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2010年7月15日 (木)

古きモノ新しきモノ 2

実は昨日、映画「トイストーリー3」を観て来たのでそのことについて書き留めておきたいところだけど、ちょいと置いておきまして。
前回の続きを。
 
どうもtwitterを始めてからといふもの「こちらの方が疎かになりがち」という典型ありがちルートを辿っている。
最初の頃にも記したけど、だんだんと慣れてきたつもりだったがやはり思い違いだったな、と。
過去の自分はこんなことを言っていた。
 
「ぼちぼちこちらの方との熱量分配のバランスもとれはじめ、良い軌道に乗ったのではないかと自負している。
軌道に乗ったと言っても、乗ってまいが逸れようが結局は自分次第なのであるが。
なーんていうことは本来、自分の胸の内にだけ秘めておれば良い。
文章に起こしてまでわざわざ物々しく説明したりなんかしたりして、全くもってヤボったらない。」
 
過去の自分を叱ってやりたい。
なーにが、良い軌道に乗ったのではないかと自負しているーぅ、だ。
けどモノは考えようで、コレ自体を良い軌道と考えるのが吉である、と。
結局は自分が決めたルールに従えばいいし、そのルールを破ったところで罰を受けるわけじゃない。
ただルールはあった方が良い。なにもかもがどーでも良くなってしまう。
 
そういえば変化もある。
twitterが140文字以内という制限を持つため、おそらくは反動でこちらの方では長文になってしまうことが多い。
今のコレもそうだが、前回の続きを、とか何とか言っておきながら未だその気配すら見えない。
そして内容自体はヤボの押し売り。
これはある意味で良い軌道とも言えるし、ボリュームが増す分読みづらいあるいは読むのが面倒になったとも言える。いやむしろそっちか。
そこは考えてやんない。( ゚∀゚)o彡°ない!!
 
長々と言い訳がましく現在の傾向を書き留めたところで、本内容へ。
出品予定候補の中に、もう7年前くらいに購入した「hpのカラー複合機」があった。
7年も前ともなれば前々世代ぐらいのもので、現在のようにSDカードが主流じゃない時代にコンパクトフラッシュなどのメモリースロットが御丁寧にいくつもくっついているためにその古さを感じるには事足らないというデザインが痛い複合機。
実は、カラーインクタンクを1度取り替えたぐらいのまだまだ「現役機」なのであるが、新しきモノが導入されたために現在では物置の一角を占領していただけになっていた。
 
結論から言うと、このカラー複合機はオークションにかけるのをやめた物品のひとつ。
やはり型が古い上に買い手がつくという自信がなかった。
そこで、せっかく物置から白日のもとへとさらしたこのお方は無難リサイクルショップにさばくことにしたんである。
ここで得た教訓があるのでぜひ記しておきたい。

まずカラー複合機を含めプリンターなどの製品は、カラーインクが付属していないと「動作確認」がとれないために査定すらしてもらえない、ということ。
いや、ごもっとも。
でもタンクにインクを残した状態で「要らない」となること自体がマレなんじゃないだろうか。
しかもプリンターインクは使い続けなければインクの出が悪くなるので、途中で「あ、これもう要らない」と思ったときにはすぐにショップへと走らないと間に合わないじゃないのか、と。
ましてや、動作確認のために新品のインクを自腹きって購入してから持って行くなど本末転倒じゃないのか、と。
だからプリンター類を売ろうと思ったときには注意が必要だ。

もう1箇所行ったところではこう言われた。
hpなど海外企業の製品はインクが高価で需要も少ないから買取はしてないんですよ、と。
知っている。
当時のhp製品はクオリティが高く本体自体は比較的安価だった。
そして現在でも海外製品はその分インクが高いということも百も承知。
知ってて、どうか買い取って下さいということなのに、非常に残念。
ただ、値は付かないけど、引き取ることだけは可能だという。
そのときは泣く泣くUターンしてきたが、案外もうそれでも良いのかもしれない、と思っている。
まだまだ「現役機」なのにまぁ、仕方ない。( ゚∀゚)o彡°ない!!

残念といえば、家電量販店にはこんな笑い話がある。
 
家電量販店のスタッフさん方の中にはもちろんそれ専門の知識を蓄えた方だっている。
そうじゃない方に話しかけられた場合が特に気まずい。
製品を物色していると「何かお探しですか?」と聞かれることが多い。
既知の情報を、さも教えて差し上げてますというショーが続くとストレスも少なからず発生する。
そこで「知ってますよ」なんて言ったら、これまた悪い印象を与えかねない。
また、知ったかぶりだと思われるのもしゃくなので、大抵の場合は「へー!」と、知らないフリをしてお茶を濁すのである。
これは誰しも経験があるはずだ。ん、多分あるはずだ。
 
そこからは自分は何も知りませんという体で演技をし続けなければならないが、ここは相手に気持ちよくショーを続けていただきたい。
諦めてそれを愉しもうとするセカンド自分が登場するというケースだ。
だからこちらも出来る限りの努力はする。ムリクリ質問をふってみたりするのである。
しかもその質問はある程度答えを知っている質問だ。
決して相手を審査しているわけではなくて、そこから全く新しい知らなかった情報を得られるかもしれないという期待がある。
 
ところが、「少々お待ちください。今確認しますんで」と言われてレジ方向に走り出されたら最悪だ。
おいおい、何独りぼっちにさせてくれてんのよ、と。
この場合、情報の確認もしくはより詳しいヒトを連れて来ると相場は決まっている。
だから案外待つハメになる。それもそんなに答えを期待していない質問をふったためにだよ。
二人がかりで責められたら、何なんだこの1対2のドラマチックバトルは、という状態に陥る。
愛しさと切なさと心強さとが脳内をよぎってループするに違いない。
( ゚∀゚)o彡°!!( ゚∀゚)o彡°!!( ゚∀゚)o彡°!!
 
本当に知りたい情報はこちらから伺いたいと言いたいところだが、向こうもサービス。
難しい。ま、とくに気になるわけじゃし、本気にしないように。
 
えらくズレた横道から話を戻す。
戻すというか、まだ本内容は少ししか書いてないじゃないか、と。
 
えーと。出品を思い留まった物品の中には、「JBLのサテライトスピーカー」もある。
これも随分と過去に、確かPC用に良い音質を求めて購入していたものだったが、現在はそこから音を出力することもなく窓際にただオブジェとして置いてあるだけに過ぎなくなっていた。
 
と、唐突に。
余計な話でスペースを占領してしまったので、次回にしよう、と思う。
元々こんなに長引かせるつもりはなかったけど、「トイストーリー3」の話はまだ先の機会に。

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2010年7月14日 (水)

古きモノ新しきモノ

おいおい、オートメイションはどうした?
と突っ込みを喰らっても仕方ないくらいに日が空いてしまう、なと。
それだけ月日が経つのが早いのだろう、とつい言いがちだがおそらくそれは思い違い。
丸く収めるための適当な言い訳がそれなだけであって、そう言っておけばなんとなくそれで自分を納得した気分にさせるんである、と。
本当の答えは「月日が経つのが早いと感じている現在の自分」に問うべきなんである。
 
さて先週 mattsunから、オークションを促すご提案があったんで、ほこりをかぶっている過去のホウ物群をコレきっかけで整理・清算する意味でも良い、とノッたのであるが。
トランプ遊びと言われると聞こえが悪い。競売と言われるのはもっと。
 
ここからは「黄金」の話題が絡んでくるため健全さを途端に失いかねる可能性もあるが、自分自身は過去一度もこのオークションというもので物品を売ったことがない。
ちなみに買ったことは知り合いを通じてだが、一度だけある。
彼は買うことはあっても売ることは初めてだというので、トーシロな我々はコレをイベント的に愉しんでみようと考えていた。
 
リサイクルショップにただ売るのとは違い、オークションへの出品ともなれば、自分自身がお店なのである。
購入してもらうために「売り物」の写真を撮ったり、値段設定や説明文を考えなければならなかったりする。
愉しそう、とも思ったがこれが非常に面倒であることは覚悟しているつもりだった。
これまでやってこなかったわけだから、といっても理由あってやってこなかったわけだが、一人で思い立ったところでまーまずやらない。
皆で行うイチイベントだからこそノってみたわけだからな。
そもそもこの企画自体がそんなノリなのだ。
しかし「売る品」とはいわば「売ってもいい品」なのであり、もはや「愛想が尽きた品」であるために、「やる気」そのものがすでに削がれたような状態であるわけだ。大切な骨董品を泣く泣く手放すようなそんな重い話でもない。ないない全然ないわけだ。
 
まして実際に出品したところで買い手がつくとは限らない。
どーなるかわからないが、ハイリスクでローリターンなことなのではないか?という疑問は幾ばくかある。
でもイベントなのでこれ自体を愉しまなくては意味がない。
そこに損得感情を芽生えさせること自体が愚かな行為であって、途端に俗世間的いやらしさが漂いはじめる。
 
なんて感情が顔面目前で渦巻きながらもこの1週間くらい、何を出品しようかなという思惑が頭にも部屋にも散らかっていた。
各品それぞれが自分の「想い出を開けるカギ」となっているため、愛想が尽きた品であってもそのものについて考えているだけで薄れかけていた愛着というものが再びぶり返すものなのであるな、と感じた。
そう感じて出品を思い留まった品もいくつかある。
 
さてさて、そうして1週間後のついこないだ、mattsun宅に出品予定物をそれぞれ持ち寄って集合した。
あ、集合したと言ったが、ここでこの記事にようやくyasutakaが登場する。
 
黒い布を敷き、ライティングの調整などのセッティング、割と大ゲサ仕掛けの床の間で撮影を開始していった。
熱い想いにも相まって室温も高くエアコンを可動させていたはずだが、汗はしたたる。集中していた。
集中していたおかげで、エアコンが「暖房」になっていることすら午前中気がつかなかった。
それは汗はしたたるはずである。
そんな中、やってて気づいたことがある。こんにち中には終わらない。
そして、そんなに愉しくない、である。ハイリスクでローリターンも頭を過り、みるみる「やる気」ゲージが失われていった。それはもう露骨に。
 
この日はもう少量に押さえ、また次回以降ボツボツやっていくことになった。
で、この日分の撮影写真をネットにアップして少量だがいくつか出品を始めてみようというふうになった。
けど結果を言うと、アップは出来なかった。
アカウント設定が不十分で登録までに時間がかかるとのことで、この日はもう打ち止めとなった。
まぁ、それも仕方ない。次回へ続く、である。
おそらく、愉しいのはこれから。
 
そういえばmattsunのmacにSkype、いわゆる無料チャット兼TV電話を開通させたのもこの日。
Skypeはもう随分も前に一般化されたツールだが、せっかくのmac愛好者、色々便利にしておかねば勿体ない。
これでお互い間での連絡や情報交換がより潤滑になった。
時代はますます便利になってゆく。
 
もちろん「便利」と「楽」をはき違えちゃならないという感覚も大切だけど。
ただ新しきモノを拒絶しそれを反発するように古きモノに執着してしまうのもいかがなものか。
バランス。
 
トランプ遊び?違う。
今を生きるための過去を、整理・清算する作業である。

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2010年7月 7日 (水)

潮風とテトラ塚

DEPERTMENT、前回の記事からさほど経たずしてもう一度来た。
今回は初めてmattsunと。急な提案にノってくれた。
 
ベーグルランチ食べ、

Veguru_2

貸出している自転車で海行き、

Umichari_2

テトラ塚で遊んだりした。

Tetora
 
生暖かな潮風も心地良く感じた。
じめっとしていたけど良い汗をかいた。

そういえば食事中、お冷や補充にきたスタッフさんに「食器お詳しいですね」と言われた。
そう、mattsunに60食器はコレがアレでねっていうことを親切でもって教え伝えてるところをどうやら聞かれてしまっていたらしい。
そのときの自分を振り返ってモノゴツい恥ずかしい気持ちになった。
どうか忘れさせてくれますように。本日七夕につき。

戻ってきてから、数ヶ月ぶりにyasutakaにも会った。
見ない間にちゃっかりロン毛になってたyasutakaだったが、最近mattsunが好んで聴いている相対性理論を聴くや否や「唯ちゃんに聴こえる」という彼らしいボキャブラチョイスによるレスポニングに笑わされあるいは微量の共感を得た。
けど彼をあ、そういう系なんだとか勝手に勘違いしないように。

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2010年7月 3日 (土)

NIPPON VISION 3

先月30日。

の前にその前夜。奈良観光から帰って来たmattsunと会った。
またお土産をいただいてしまって、なんだか申し訳ないなと思っていたらそれが蚊帳生地の「白雪ふきん」だったのでクリビツした。というか感心した。
現在奈良、平城遷都1300年ということで「1300」の文字が刻印(?)されている限定ver.。
データ印刷じゃないはずだからわざわざこの「1300」のために型をあらたに造ったのかな、だよね。貴重ぽい。

さてその翌、
D&DEPARTMENTで「NIPPON VISION 3」が開催されたので行ってきた。
静岡へ。
今回のは「DESIGN TRAVEL」ということで「観光」がテーマ。
47都道府県から観光につながる宿泊、交通、観光ポスターや小冊子などが集められ、日本が観光をデザインしていく過程というのを感じられる展示となっていたわけです。うけよりですが。

また、今回もご当地の土産品などが特別にコーナーを設けられて販売されており、いつものDEPARTMENTとは違った商品がズラリと並んでおりましたので、我々目をばランランさせられてしまいました。食料品がメインでした。
ついつい何か買って帰らなきゃ、って思わされるんですよね。

で、買って来たのがコレ。

Air_do

北海道国際空港「AIR DO」の機内販売品。
スープ・バラエティ。

まだ空けてないから、中身については後日。
パッケージがカーイイと。

あと、沖縄土産の「憩豆(ゆくいまーみ)」。
黒糖を使ったヘーゼルナッツ。
これもまだ空けてない。

他にも興味深いのはたくさんあったけど、適度に抑えた。
 
また、最近入荷したと聞いていたデッドストックのエアラインカトラリーがまだ売っていた。
もう売り切れちゃってるかもと思ってたけどギリギリ間に合ったよう。
普段何気なく使っているものこそこだわるべき、ということでこの稀少なカトラリーは是非手に入れたいと思っていた。

Katorari

タイエア、インドエア、トルコエア の機内用カトラリー。
現在は時代の流れで全てプラスチック製になってしまっているらしいので通常のルートでは手に入れにくいとのこと。
それぞれお国柄が出ている形状が面白い。

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この部屋からトータルへ

随分とご無沙汰。気づけば7月に突入している。
特にしばられているという気はしてないが、何となく「面倒だな」なんて思いながらも「まーやんなきゃな」っていうオートメイションが自分に勝手にキーを打たせる。
「やんなきゃな」っていうオートメイションがもっと他に働けばいいのに、って思うがそううまくはいかない。


溯ること先月27日。
Narcissus(naruse-kun)がウチに来訪した。
今年入ってから会ったっけ?定かじゃない。

ナルキッソスと言っても彼は決してナルシストなどではなく、ただ名前のニュアンスがそれっぽいがためだけにそう呼んでいる。
というか実際にはそう呼んでいない。普通に名前で呼んでいる。
この記事に登場するときの他愛のないアダナ。形而上の。
別に彼のことを解説したいわけじゃないが、特に言うことがないので尺を稼いだ。
と、言わんでもいいことを今言った。

前に彼から借りていたコミックをレスポンスとともに返却。
今回はオーダーしておいたコミックスを持って来てもらっていた。
返却→また新たに借りる。このエンドレストレードには最終話がみえない。
ともあれ、普段読まないのでこうして借してくれるのはありがたい恵みでもある。

今回は「ムーたち」の榎本俊二氏、「百舌谷さん~」の篠房六郎氏をメインに、他 古屋兎丸氏や島本和彦氏などサイズ不均等で全9冊。
本当は花沢健吾氏の「アイアムアヒーロー」もとお願いしていたのに、忘れたとのこと。
前に1巻を借りてその続きが気になっている。

古屋兎丸氏の「幻想ピカソ」はサプライズで、是非ともってきてくれていたが、面白くみた。
他人の心像世界を絵に描き、その絵の中に入って心の闇を解決していくといった物語。
こういうのを選んで来るあたりが、感心に値する。

続きみるので、じゃ。

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