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2010年7月30日 (金)

「i」のつく事変

こんなオモシロ話がある。
 
単刀直入に言う。母がiPadを買った。
iPodでもなく、またiPhoneでもない。
 
正確に言えばまだ商品は手元に無く、のちのち自宅に届く手はずになっている。
つぶいやいたこととも重複するが、こんぴゅうたとは縁遠い筈の当人がなぜ急にiPadの購入に至ったか、聞けばこれはごく簡潔に説明がついた。
 
すなわち、TVでやってたから。
そして、仕事場で若い衆に知っているかを問われたから。
 
まずTVでやってたからというのは、TVでやっていた=イコール話題なのであり、流行なのであり、トレンドなのであり、人気なのであるといったまるで誤った解釈を、知ってか知らずかすぐに鵜呑みにするというクセに関連づけられている。
崇めよ我はTVなり、とはよく言ったものだが「信じる教義の甘美を絶え間なく届けよう」と掲げたTV教の信徒の方々には周到に造られた報道のその真の部分は気づきにくい。
iPadにしたって一部のIT業界や出版業界などがマスメディアと一致団結して煽っているのだとしたらたちまちただの商売戦略にしかみえなくなってしまう。
 
別に否定するつもりは全くなくって。バカにだってしていない。
自分もTVだってよく見るし、まったく影響されないといえばウソだ。
実際iPadだってのどから手が出るほど欲しいのだから。
要は「甘美はおいしい」という概念自体が甘美を毒にもさせているということ。
明日はわが身と身構えよう。
 
次に、若い衆に知っているかを問われただが、実際当人はこんぴゅうたと名のつくものには滅法弱く、PCだって持ってなければインターネットのネの字も知らない。
これまで「i」のつく製品には触れたこともなければおそらく気にしたこともなかったはず。
しかし「知っている」ではなく、「持っている」にすればステータスがぐんとあがる。
理由など当人にはこれだけで充分だ。
これも別に否定はしない。むしろいさぎがよく、カッコよくもある。
 
 
溯ること2日前。
自分にこんなメールが来た。
「アイパットっていくら?」
これもつぶやいたことと重複するが、まず「パット」と言ってるところに引っかかったということもあり、ましてやこんぴゅうたの話で質問をふってくる母に意外性を感じて目を疑ったのである。
ちなみに「アイパット」を調べたらキッチン用スポンジの商標だったりと、わざわざそんなことを自分に聞いてくるはずもないだろうと思いはしたが、まだ信用できずに一応聞き返しそして確信した。
どうやら本当にiPadのことを言っていたので驚いたのだった。
 
そして「いくら?」と聞いてきた時点で、これは値によってはすでに購入を決めているということも理解出来た。はっきり言ってデンジャー。
ろくに調べもせず価値も解らずして、値のみで判断し折り合いがつけば即購入という単純回路で成立するパターン。
実はこのようなことはごく頻繁にある。
そしてその単純回路の最後の砦を委ねられる場合は多い。
普段なら、このような「思いつき」を番人の自分としては止めねばならない。
これまでだって幾度か突発的な突拍子を阻止して来たが、今回はモノがモノだということで正しい判断が失われてしまっていた。何より自分が今欲しいモノの一つだからな。
阻止はせず、軽く見守るつもりでいたが、あまつさえ母の前でプレゼンまでしてしまい、その数分後にはアップルオンラインショップにて注文決定をクリックさせられてしまった。
 
iPadは否定的な意見もいろいろと聞く。
その必要性や利便性を問われたら、「とくにありません」と答えてもおそらく間違いじゃない。
ただ例えば、ゲーム機。ゲーム機に必要性や利便性は問わない。
なぜなら理由はオモシロそうだった、からにつきるからだ。
そもそもiPadに必要性や利便性を問うこともまた違った見方だと言わざるを得ない。
もちろんビジネスで活用しているヒトもいるけど、「iPadのある生活」自分にはそれがオモシロそうだからという理由だけで充分なんである。
 
つまり、コレに関しては購買意欲に母子ともども大した理由など持ち合わせてないという結論に達した。
 
ただしiPad、実はPC本体、iTunesのアカウント、無線LANルータの設定など、実はかなり敷居が高い。
最初にコレをクリアしなければ使うことすら出来ないので注意が必要なのだが、当人そんなことは知る由もない。
そんなこんなであとは到着してから、ということになるが少々先走ったために先が思いやられている。
まさにピッグにパール。されど変化を恐れることなく常に新しきを取り入れるその姿勢。尊敬さえ抱く。
 
使い道を問うと、とりあえず「ネット」と言っていた。
そう、一番理にかなっていて安心した。
他にネットデバイスを持ち合わせていないので大活躍してくれることだろう。
 
まさか自分より先に手に入れてしまうとは夢にも思わなかったが、当人のこと、早々に「飽きて」しまうのではないかとの懸念もないわけじゃない。ま、知ったこっちゃないけど。
ただコレに関して「飽きる」という言葉が当てはまるかどうかは違う気がしている。
例えば、毎日歯を磨く行為。これに「飽きる」という表現を用いないように。
ネットを閲覧する。これも今や当たり前だし、普通。
こうしてごく当たり前のように生活の一部になってくれることを期待している。
 
ま、そんな姿を想像することすらできないのですが。
はてさて、ちょっと愉しみw

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