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2009年10月 3日 (土)

いま、ふたたびの奈良へ

Shika
 
奈良へ行ってきた。
遥か飛鳥の時代へ引き戻されに。
 
思えば去年の5月。
ふいに奈良へ行きたくなってガイドブックまで購入していたという事実が、このNoteにきちんと刻まれていた。それから数えてこの時まで、その気持ちとガイドブックはどこかへ置き去りにしてしまっていた。
 
ということで唐突にまたは必然に、古社寺の数々や古代の遺物を巡る旅というのが発足した。
移動は、面倒を起こさずに済むバスツアーで低予算に。
集合時間も早いというのに前日はなぜか夜中まで起きてしまっていた。興奮して寝られなかったという説が有力である。まるで修学旅行前の小学生と同じレベルだが、奈良へ、しかもバスツアーということで状況もそれに似ていた。
では「うるわしの奈良」を振り返ってみる。
 
 
■さわやかな朝は貧血で始まる
 
朝は4:30のアラームに起こされる。そして夢見心地のままにアラームを手探り、OFFる。
ついでにその後にセットされていた、4:40、4:50、5:00、5:10、5:20、5:30も全部OFFる。
直前に観ていた夢が気になり、暗がりの天井を虚ろに見上げたまま、物思いにふけってみる。
親のガンメンを殴るような夢だったと記憶する。もちろん現実においてそんなことしたいなどという願望は毛頭ない。おかしいな、なんだったんだろ、なんて考えてるうちに再び夢へと落ちてしまっていたのである。
 
次に起きたのはcheeからのコール。6:00頃。
「大丈夫だよ、起きてたよ」の大ウソのあと、飛び跳ねて起き上がり、早急に身支度を整え、というか乱雑になんとか形づくって、すぐに家を飛び出した。自分、朝からこんなに早く動けるんだあ。なんて感心している場合じゃあない。
ヒーヒーいいながら駅まで走り、切符を購入、階段下って、なんとか電車に間に合った。
 
おかげで、酸欠と貧血を引き起こした。
全身から血の気がひいていくのを明らかに感じて空席に倒れるように座り込んだ。
ロックバンドのドラマーと化した心臓の爆音が外に漏れるのを気にしながらうずくまった。
蒼白のガンメンからどくどくしい程の汗が大量に吹き出し、嗚咽かも腹痛かもわからない複合症状がわけもわからず襲ってきた。ぎぼぢわるい。最悪。
 
浜松へ着くまで約10分。
この間になんとか回復してください体よ、と念じつつ、とにかく深呼吸に努め、最悪の体調が収まるまでひたすらに耐えた。
 
貧血の記事で長くなるわけにはいかないので、次。
 
 
■東大寺大仏殿・盧舎那仏像に会う
 
一時はどうなることかと思ったが、体調は浜松駅へ着くまでには幾分回復していた。
とはいえ背筋をピンと張れるほどのテンションもなかった。
売店で、サンドイッチとあったか~いお茶を手に入れ、少しずつ口に入れた。
cheeと合流、そのウマを伝え、バスに乗り込んだ。
バスガイドさんも、朝っぱらから顔面蒼白の乗客なんかは見たくなかっただろう。
ツアー参加者は全部で15名と少なく、大型バスはガラガラを保っていた。
おかげで背もたれが倒し放題・上げ放題だったので、体調回復に役立てた。
 
なんていうと、以降の記事が常に貧血患者から見た光景になってしまうので、ヤメ。
ちなみに、体調は次第に回復していったわけで。
 
いろいろあって、奈良公園へと無事到着。わーい、鹿がいっぱい。
ここからは自由行動。ツアーだからといって、団体で行動したり、ガイドさんの説明をいちいち聞いたりすることはない。
 
やはり「東大寺」は見逃すわけにはいかない、と我々。
思い出されるのは手塚治虫氏の火の鳥・鳳凰編である。東大寺建立を流れにいれた2人の仏師の宿命の戦い。傑作。
 
さて、奈良は雨が降り出していたが、情緒をつくり出す良い演出になってくれていた。
鹿いっぱいの公園をぶらつき、着いたばかりの奈良の光景に風情を感じながら、しずかに「東大寺」へと歩を進める。
奈良は初めて、というcheeは目をランランさせていた。
 
我々は入口の巨大な「南大門」に立つ金剛力士像(仁王像)に感激し、いそいそと「大仏殿」へ。
それにしてもさすがは修学旅行の金字塔。修学旅行と思われる小学生らが多い。
いろいろな所からいろいろな小学生が見学しに来ている様子。赤白黄色に青やピンクの帽子だったり制服だったり。さらに色物の傘を差している。風景がカラフルでポップになってしまう。
 
この大仏殿の中に、穴の空いた柱が1本だけ存在する。
これは盧舎那仏像の鼻の穴と同じサイズとされ、これをくぐり抜けられれば無病息災の御利益があるとされている。
卒業アルバムの中に、これをくぐって抜け出た瞬間の苦痛に歪めたクラスのお調子者のガンメンが収められている。卒業アルバムあるあるだ。
 
我々も小学生らのうしろにまわって順番を待った。
まずcheeが挑戦。くぐってる最中は周囲の観客の注目の的になるので、恥ずかしさのあまり難なくひゅるるっとイタチのようにすり抜けた。
次に自分が挑戦した。このスレンダーな身体を持ってして、この程度の穴が抜けられないはずもなかった。頭をすっと出したところで、cheeに「ストップ」の声をかけられた。
自分は柱に串刺ししたままの体勢をキープし、スナップショットに収まった。
 
Todaiji_4
 
 
■斑鳩の里・法隆寺 〜1400年前の歴史舞台へ
 
奈良公園をあとにし、バスは「法隆寺」へ。
到着するなり、とりあえずはお腹をこしらえることに。
「松鼓堂」という茶房で、奈良の郷土料理「茶粥」をいただく。ほうじ茶とグズグズになったお米のさらりとした食感が奈良の旅を演出してくれます。
 
聖徳太子のゆかりの寺院にして現存する世界最古の木造建築物群の数々が並ぶ。そんな法隆寺は個人的に非常に愉しみであった。
思い出されるのは、過去に頂いたマスターマインドの「法隆寺」のサウンドトラックである。
日本人の琴線に触れるメロディという表現をどこかで読んだが、この楽曲のイメージが強く、たいへん聖地的な印象。外の雨もそれに加味。
 
南大門から境内へ。飛鳥時代に建立されたという「中門」には日本最古の金剛力士像(仁王像)がいる。
すごい、にらんでくる。
「金堂」の中には金剛釈迦三尊象のほか、薬師如来像、阿弥陀如来像が左右に安置され、四方には最古の四天王像たちがいらっしゃいます。
飛鳥時代の仏像の特徴はアルカイック・スマイルと言われる微笑みらしい。生命感と幸福感を含んだ微笑みを浮かべていらっしゃいます。
「五重塔」の1階部は見学可能。東西南北の四方に向け、釈尊の入滅など、それぞれ違った場面が表現されています。
別のツアー団体のガイドさんが説明しているのを盗み聞いたりして、なるほどと関心しきり。
次に、貴重な寺宝が多数展示された「大宝蔵院・百済観音堂」へ。
 
建物の内部には「夢違観音像」が展示されている。いや、安置されている。
夢違観音は「悪夢を見ても、吉夢に変えてくれる」という信仰があるとのことで、さっそく今朝方に観てしまった親のガンメンを殴るような夢を思い浮かべながらお祈りした。
 
最後に「夢殿」を見学。
雨の「法隆寺」。自分への土産は、このあいだD&DのGIFT展で入手した奈良の「白雪ふきん」とまったく同じ柄の「白雪 友禅はんかち」。
さっそく重宝した。
 
Horyuji_3
 
 
■街歩き 奈良タウン
 
バスはホテルへ。チェックインを済ませたあと、休むことなく外出。
駅周辺エリアの奈良タウン界隈を散策。&夕食。
着いたときから気づいていたけど、話題の「せんとくん」グッズが豊富だ。
現在、ロッテの「Fit's」でも奈良を取り上げていることが帰宅後に判明したが、CMで踊っているのは「まんとくん」。
でも奈良現地では「まんとくん」もかなりのグッズ展開をはかっている。
 
夕飯は「ふる里」というところで、「出し巻き定食」をいただくことに。
出し巻きたまごがメインの定食だなんて珍しかったので。
 
呼び出しベルが、壁面に設置してあることに戸惑った。
インターホンみたいだった。
 
Hurusato
 
上品なお味は関西風ならではか。 おいしくいただきました。 
あとそうそう、親子丼ならぬ「他人丼」というのが普通にメニューの中に含まれているのもカルチャーショックだった。
 
  
さて翌日は、のどかな風景と魅惑ノスタルジー、そして古代史のロマン感じる飛鳥へ。


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