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2009年10月

2009年10月31日 (土)

イモとサウンドデザインと

ヴァーチュアル・コアラを捜しにいくと嘘をつき、単身浜松市へ向かう。
 
ザザシティ界隈が賑わってる。
「まちはびっくり箱だ」とかいうイベント。
hakamata-sunを含むスタッフが、出店でさつまいも屋さんをやってるというので誘われて訪れた次第。
 
Oimo1_2
 
Oimo
 
さつまいもスティックをいただき、脇の腰掛けで食べた。
いわゆる大学芋で、4種類くらいのお芋が使われてるよう。
ハチミツによる濃厚な甘み。特に人参芋のヤツがおいしい。
彼らの様子を伺いまた伺われながらしばらくそのまま食べ続けると、今しがた同様のさつまいもスティックを購入した人の良さそうなおじさん、おじさんと言っても来年に定年を迎えると話していたが、が隣に座ってきた。食べ終わるまでそのおじさんの話し相手になることにした。
 
二人がほぼ同時に食べ終わる頃、おじさんは公開書道の会場へ、自分は静岡文化芸術大学へ、と別れその場を離れた。ベトつく指は舐めると甘い。
 
Media_arts
  
静岡文化芸術大学へ向かったのはほかでもなく「文化庁メディア芸術祭」が昨日から開催されているからだ。
今年のテーマは「OTO」ということで、『TENORI-ON(テノリオン)』をはじめ、音をモチーフにした作品が集められているとのこと。
それらのブースは今回はザックリと下見。
本日のメインは短編映画などの上映作品を観ることであった。
 
まだ未見だった二作、「つみきのいえ」とスタジオ4℃の「Genius Party」が観れた。
良い時間が過ごせた。
 
期間中、後日もう一度ぐらいは訪れる予定。
 
さて、気分が乗ってきたので夕飯までの間食として「キャベツとベーコンのパスタ」をクッキンしてみた。いただいたパスタとオリーブオイルを使ったまでである。おいしく食べたがお味は自分だけが知っている。
 
本日はあと、明日までに読んでおかねばならないものを読んでしまわないといけないという作業が残っている。

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2009年10月29日 (木)

落着。べべん。

いつもの理容室で頭髪の調節。
迫力のマッサージを受けた本日、というか昨日。
 
頼まれていたコミュニケーション的セレモニーにおける小道具を大量出力、および断裁作業。
その後すぐさま納品へ向かう。
時間をギリギリアウトし、イオン市野にてそれは無事hakamata-sunに譲渡される。
 
思わぬ見返りがあった。
幾ばくかの黄金と、パスタ、オリーブオイル、ドレッシングなど、嬉しい誤算。
酬われる想い。
要するにボランティア、これにて撤回。落着。べべん。

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2009年10月27日 (火)

KON Plete !

先日、日曜。
仕事帰りのmattunと駅で合流。
北口のひょうたんで、モツを摘みに一杯、やる。
 
観たばかりの「東京ゴッド」のことをしゃべりたくて仕方がないという様子でラララしていた。
そんな話題も交えつつ、部屋に戻って夜も更け始め、気づけば翌朝5時と半。タフである。
夜明けと共に就寝し、yasutakaによる突然の訪問のおかげで9時にはたたき起こされる。
 
そんな月曜、ついに「オハヨウ」「パプリカ」をメインディッシュに、あれやこれやした。
 
 
話題は変わって、「要するにボランティア」がやっとこさ、佳境。
頼まれてするボランティアなど、ボランティアと呼んじゃダメだよね。

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2009年10月22日 (木)

要するにボランティア

20日、夜。
hakamata-sunと浜松のファミレスで落ち合う。
ツーショットでは初。
コミュニケーション的セレモニーにおける小道具制作のご依頼、ということでその概要を伺うことが目的だったが、あれやこれやに枝分かれしては増幅するトークが我々をドリンクバーで拘束して闇夜に誘う。
刺身は醤油に食用菊を散らして食べるのが通。へー。
 
さて、期間が間もなくなので急ぐ。

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2009年10月21日 (水)

形どるもの

吸血を終えテンションが逆流して浮かれているmattsunと、他県からリフレッシュ帰還したyasutakaのセット、来訪。
このときまでに「PB」、前日には「千年」を観てくれていたことにたいへんな好印象。
こちらが何も言わずとも、自発的な行動で、というところが有り難いではないか。
そんなトークに鳥肌を踏まえつつ、この日は久方wiiを満喫。
「テニス」に始まり、懐古のモロモロ。
と、なんともインドアーな時間は脳に効く。
どっと疲れて終電まで。
そんな、こんな。

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2009年10月19日 (月)

音と光のインターフェース

web上の「inudge」というもので作曲もどきを体験してみた。
コレ、音楽の知識が無くても視覚的・直感的に作曲・演奏が可能なのである。
 
良いサウンドが完成すると大変に気持ちの良いものだ。
そこで、コレの元であろうヤマハ「TENORI-ON テノリオン」(実機)に突発的な興味が沸いた。
つい「欲しい」と思ってみたが、お値段が絶妙に高価格で、断念。
 
ところがこの突発的な興味は、思いもがけずタイムリーなリンクを果たしていた。
今月末より開催される「文化庁メディア芸術祭 浜松展」にちゃーんと、出展されるんではないか。
もともと足を運ぶつもりでいたけど俄然、心構えが強化された。
そんな今日この頃。

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2009年10月17日 (土)

安価グリム

15日。
前回から約半年も空けてしまっていたチェック。
そろそろ、と思って病院へ。
 
随分待機を強いられた診察までは借物の書物で凌いでいたが、薬局においての待機時間はその場にあった昔話の絵本を読む事にした。幼児用。周囲の待合人たちは挙ってTVの大奥に夢中だ。
 
ヘンゼルとグレーテル。
オーバープリントの処理が行き届いていないおよそプロフェッショナルとは思えないそのテキトーなつくりの絵本は、あ、やはり、100均商品である。
要約すると、お金に困った両親が泣く泣く兄妹を森に捨て、そこで兄妹はお菓子の家の罠にかかって盲目の魔女に捕まって、なんだかんだあって魔女を燃える暖炉に投げ込んで、宝物を奪って帰還するという兄妹の冒険物語である。
 
あれ、こんなだっけ。
いや、知ってるのは、母親は悪い義母という設定であったはず。
義母の策略で、兄妹は森に置き去りにされてしまうのだろうに。
そう、幼児に「義母」と言っても解らないだろうし、幼児の目に母が恐く映ってしまうという一応の配慮だろうか、省略されてつくられていた。でもそれでは話が違っちゃう。
これでは良い両親が結果的に悪いではないか。
あと、魔女って盲目だったっけ。
それはともかく、
この物語の根源は中世ヨーロッパの子供を森へ捨てる口減らしが本当にあった時代の悲惨な背景を元に出来たストーリーだったと何かで読んだ。
だから面白がられるのか。まして幼児に読み聞かせられる内容ではない。
何が言いたいかっつーと、売り物として不十分でテキトーな仕事でこの手の内容の絵本を量産的につくって売ってんじゃねーよ、ってこと。誰も買わねーし、読まねーよ。
ってまぁ、薬局はそれ買っちゃったんだけども。っでまぁ、読んじゃったんだけども。
 
関係ないけど「泣いた赤鬼」は良いよね。
めでたし、めでたし。

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2009年10月14日 (水)

今日ときたら

yasutakaと遊んだよ。
おもしろかったよ。
おしまい。

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2009年10月12日 (月)

AKAMATSU spatial art 09

Kioku
 
旧赤松家記念館を舞台にした作品展「AKAMATSU spatial art 09」に行ってみた。
 
以前旧見付学校を訪れた際にその存在を初めて知ったがどうやら毎年開催されているようだ。
近いのに、知らなかった。
 
作品はガラスを用いたものが多い。
決して主張せず、空間に溶け込んでいる感じにとても親しみ感が持てる。
 
Zatsunen
 
ちなみに、下画像の「Free」と題された作品は、触れたりして愉しむことができる。
どの形が好みか、などと意見し合ったりも一興。

 
Free
 
豊かな時間が過ごせた。是非。
しかし良い季節である。

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2009年10月10日 (土)

アンブレラ大詐欺師

塔の上から見てたのさ。
家から出てきたその男、折れ曲がったカサ取り出して、いきなり川に投げ込んだ。
知らぬ顔してその男、どこかへバイクで行ちまった。
お目目疑う光景を目撃しちゃったこのワタシ、プンプン下へと降りてって、川からカサ無事救い出し、気づくところに置いてみた。
実験!人間大検証!
捨てたはずの粗大ゴミ、帰ってみたら元の場所。
あいやおかしなおかしいな。確かに捨てたと思ったに。
最初はみずから疑うがやがて恐怖に変わるだろう。
実験!人間大検証!
しかし男は戻らない。
諦めその日は寝ちゃったけれど翌朝外出て驚いた。
昨日の男の折れたカサ。なにゆえボクの玄関に?
恐くなって飛び出した。カサをひらいて飛んでみた。
塔の上からパラシュート。まるでパラソルヘンベエね。
地上に見えるはあの男鼻歌まじりであまつさえ折れたカサ持ち待ちやがる。
じゃあじゃ自分持つカサ何のカサ?ハナからカサなど持ってない。
向こう見ずのダイビング。コンクリートにまさかさま。
あいやおかしなおかしいな。確かにひらいて飛んだのに。
フラッシュバックの闇の中、阿鼻叫喚のよいとまけ。
おもちゃの兵隊トテチテタ、またれぃまたれぃ地上は花園なんのその。
ヘラヘラポッポのヘラポッポ、やぶらこうじにぶらこうじ。
あれに見えるは八十八夜、唯一無二のやおよろず、緑黄色の人種たち。
ヒュードロパッパのヒッヒラヒ。天国極楽シュラシュシュシュ。
夢かうつつか幻か、はてはバーチャル異次元か。
どこまでホントでどこからウソか捕らぬタヌキの皮算用。
過去と現在未来と虚構。妄想、空想、有象無象。
ヒーコラヒーコラバヒンバヒン。
ボバンボバンボン ブンバボン ってこらナンジャモンジャ、ヒー!
 
ハタと気づいて見晴らせばなんだいつものSFか。
もしもしハイハイ、何してた?実験!人間大検証!
地上の男の側の川。折れたカサはまだそこに。
アレーッ

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2009年10月 9日 (金)

夜長に島

MYSTを起動。
 
ミスト島を徘徊する。
あらゆる時代を巡るその島。無人。
一切合切の日常の外。孤独。あるいは桃源郷。
進む戻る進む戻る昇る下る昇る下る。
必然かつ唐突に、極まる高まる恍惚の光明。
 
抜け出せぬまま、抜け出せずにいる。
そんな夜長のすごし方。

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2009年10月 8日 (木)

あらしのよるに聴く

タイフーンNo-18が東海地方を北上中。
危険を承知でmattsunと隣町の爽やかで落合い、同様のげんこつを味わう。
 
夜も更け始め、mattsun宅へ移動、訪問。
ついにお目みし、購入された波動スピーカーMS1001、そして新調のアンプを拝見、視聴。
 
自分の0801より一回り大きいタイプのモノで、迫力に持て余し感はあったものの、空気と馴染むサウンド感覚はやはりさすがといえる。ひと味違った感触も味わえ、たのしめた。
 
各々のサウンドをBGに、もはや恒例の過去現在因果経絵巻、SF浮世物語、鳥獣戯画、ダーウィンの書、キネマ誌なんかの紐を解いては考察フェアが開催された。
 
3時になってしまったので、おいとま。
え?牛食べようと牛の鉄板に口つけてあわやのヤケド?ハガが?
記憶にあらず。
翌朝、No-18去る。
 
話は変わって、近日発売power shot s90が少し気になる今日この頃。
購入予定は今のとこナシ。というメモ。
 
そう言い放って去る。

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2009年10月 4日 (日)

いま、ふたたびの奈良へ2

翌朝。ホテルでビュッフェ形式の朝食をいただく。
早々にチェックアウトを済まし、バス停にてバスを待つ。
さて、本日は快晴。絶好の遺跡巡りと思われた。
 
 
■飛鳥 史跡を辿る石の都
 
Ishibutai4
  
何だ? 何があったんだ? 遥か飛鳥で――
 
Kamegata3
 
駆け抜けた国づくりの夢―― 謎めく石たち――
 
Sakafune
 
にっぽんの始まりの舞台―― いま、ふたたびの奈良へ―― 
 
というJR東海のCMに触発され、写真もそれ風に加工してみた次第。
 
まずは「石舞台古墳」に到達。
我々が最初に挙げた感想は「あれ? 小さい」だった。
というのも、もともとそんなに大きいものだとは思っていなかったが、ガイドブックに乗っていた写真に映っていた人影が驚くほど小さく、「え、石舞台ってこんなにデカイの!?」なんて固定概念を覆されたからだった。
で実際に拝見しましたら、その人影に見えていたものは、お供えの花であったというオチ。
とはいうものの、実物は圧巻。
思い出されるのは手塚治虫氏の火の鳥・ヤマト編である。石舞台古墳の造営にまつわる独特の解釈を込めたエピソードである。こちらも傑作。
蘇我馬子の墓だとされており、本来は盛り土がされていたらしいが、事実は現在もわかっていない。
石舞台の下には石室の部屋があり、中も公開されている。
 
地図を忘れたので、その後、どこに行くべきか迷う。
昨日とは打って変わって日照りが強く、汗が出放題。とにかく暑い。
飛鳥の雄大な景色も魅力だが、一刻も早く次の石物に出会いたいものだ。
結局バスまで地図を取りにもどって、次に「酒船石遺跡」へ向かうことに。
「亀形石造物」と「小判形石造物」が見られるエリアへ到達。
水を貯めるためのものと考えられているらしい。頭の部分の穴から水が流れ込み尻尾の穴から流れ出す。
じつに、なんというか、ユニークである。
あとで知ったが、この「亀形・小判形石造物」が発掘されたのが、2000年のことだという。
ごく最近である。
 
小高い丘を少し登り、反対側へ回ってカメラを構えていると、あとからcheeもついてきた。
昨日の雨で土がぬかるみ、丘は滑りやすくなっていた。「滑るでね」と注意をうながした瞬間に、ドサッ!と聞こえた。
振り返ると、片手にカメラ、片手に日傘を差していたcheeが地面に突っ伏していた。
「わーわー」と慌て近づいて手を貸すと、ボクの首からかけていたカメラのレンズ部がcheeの額にクリティカルヒットした。
踏んだり蹴ったりが降り掛かったcheeのズボンは泥んこまみれになっていた。
 
つづいて、「酒船石」へ。
美しい竹林の緑なる坂道を登って行くと、「酒船石」は存在した。小学生の群れに囲まれて。
それも酒船石そのものをテーブルかわりに、レポートをかいてる。「はーい、次は3組です」と先生。順番があるようだ。
我々は3組のあとを待った。
幾何学模様が彫られた石板は、酒や油を搾るために使用されたとの諸説があるがこれまた定かではないようだ。
 
ここで時間いっぱいいっぱいになってしまって、他の石物はお預けとなってしまったが、とにかく敷地が広くてとても回りきれない。
名残惜しみつつ、飛鳥をあとにした。
 
 
■スイーツクーポンをかけたゲーム
 
戻りのバス内。
ツアーメンバーは1人1枚500円分のスイーツクーポンを持っていた。せっかくなので使わにゃ損損。
だがツアーメンバーの中に、このあと博物館へ行くもんでクーポンは使わないよ、という人物が現れた。
そこで、ガイドさんの粋な計らいで、この余った1枚のスイーツクーポンをかけて、ひとつゲームを始めることになった。
ルールは簡単「現在、財布の中に一番古い10円玉を持っている人が勝利」というものだった。
全然乗り気じゃなかったが、一応財布を確認してみる。
周囲では「昭和48年!」などの声が挙がっている。
「さあ、昭和48年より以前の10円玉を持ってらっしゃる方いますかー?」
 
実はボクの財布には常時、「ギザ10」が入っている。
使えずに何枚も貯まってしまったわけである。
おもわずアルカイック・スマイル浮かべた。こんなところで役に立つとは。
「はい、昭和28年」
圧勝であった。
 
我々はスイーツクーポンを手に入れた。
 
 
■奈良町散策
 
Rakudamona
 
最初のクーポンは「tenten cafe」という甘味処へ。
自分は「らくだモナカアイス」を。モナカの中に抹茶アイスと小豆を挟んで食べる。
おいしく、上品を味わった。
 
その後はただ歩くを繰り返し、時間いっぱいまで奈良町を堪能した。
いただいたクーポンは「西寺林スイーツ」というお店で、レモンのチーズケーキといちじくのタルトに使用。
夕飯をバス内で食べるべく、名物「柿の葉寿司」も購入した。
 
いざさらば奈良。
帰りのバスでは、車内にビデオが流れた。
多数決で決定した「しこふんじゃった」である。
特にすることもなかったので、ちゃんと観てしまった。
  
追記
よく考えてみれば京都・奈良への修学旅行は中学校のときでは無かったか?
聞くところによれば現地の小学生は通常の社会科見学として古社寺群を見学するそうな。
今回各所で見られた小学生らは実は修学旅行生ではなかったかもしれないと考えられる。
以上。
 
さて、悠久の遥かに思いを馳せた2日間。
翌日はふたたび現代の現実に引き戻されるのである。
  
2009. 9.30-10.1

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2009年10月 3日 (土)

いま、ふたたびの奈良へ

Shika
 
奈良へ行ってきた。
遥か飛鳥の時代へ引き戻されに。
 
思えば去年の5月。
ふいに奈良へ行きたくなってガイドブックまで購入していたという事実が、このNoteにきちんと刻まれていた。それから数えてこの時まで、その気持ちとガイドブックはどこかへ置き去りにしてしまっていた。
 
ということで唐突にまたは必然に、古社寺の数々や古代の遺物を巡る旅というのが発足した。
移動は、面倒を起こさずに済むバスツアーで低予算に。
集合時間も早いというのに前日はなぜか夜中まで起きてしまっていた。興奮して寝られなかったという説が有力である。まるで修学旅行前の小学生と同じレベルだが、奈良へ、しかもバスツアーということで状況もそれに似ていた。
では「うるわしの奈良」を振り返ってみる。
 
 
■さわやかな朝は貧血で始まる
 
朝は4:30のアラームに起こされる。そして夢見心地のままにアラームを手探り、OFFる。
ついでにその後にセットされていた、4:40、4:50、5:00、5:10、5:20、5:30も全部OFFる。
直前に観ていた夢が気になり、暗がりの天井を虚ろに見上げたまま、物思いにふけってみる。
親のガンメンを殴るような夢だったと記憶する。もちろん現実においてそんなことしたいなどという願望は毛頭ない。おかしいな、なんだったんだろ、なんて考えてるうちに再び夢へと落ちてしまっていたのである。
 
次に起きたのはcheeからのコール。6:00頃。
「大丈夫だよ、起きてたよ」の大ウソのあと、飛び跳ねて起き上がり、早急に身支度を整え、というか乱雑になんとか形づくって、すぐに家を飛び出した。自分、朝からこんなに早く動けるんだあ。なんて感心している場合じゃあない。
ヒーヒーいいながら駅まで走り、切符を購入、階段下って、なんとか電車に間に合った。
 
おかげで、酸欠と貧血を引き起こした。
全身から血の気がひいていくのを明らかに感じて空席に倒れるように座り込んだ。
ロックバンドのドラマーと化した心臓の爆音が外に漏れるのを気にしながらうずくまった。
蒼白のガンメンからどくどくしい程の汗が大量に吹き出し、嗚咽かも腹痛かもわからない複合症状がわけもわからず襲ってきた。ぎぼぢわるい。最悪。
 
浜松へ着くまで約10分。
この間になんとか回復してください体よ、と念じつつ、とにかく深呼吸に努め、最悪の体調が収まるまでひたすらに耐えた。
 
貧血の記事で長くなるわけにはいかないので、次。
 
 
■東大寺大仏殿・盧舎那仏像に会う
 
一時はどうなることかと思ったが、体調は浜松駅へ着くまでには幾分回復していた。
とはいえ背筋をピンと張れるほどのテンションもなかった。
売店で、サンドイッチとあったか~いお茶を手に入れ、少しずつ口に入れた。
cheeと合流、そのウマを伝え、バスに乗り込んだ。
バスガイドさんも、朝っぱらから顔面蒼白の乗客なんかは見たくなかっただろう。
ツアー参加者は全部で15名と少なく、大型バスはガラガラを保っていた。
おかげで背もたれが倒し放題・上げ放題だったので、体調回復に役立てた。
 
なんていうと、以降の記事が常に貧血患者から見た光景になってしまうので、ヤメ。
ちなみに、体調は次第に回復していったわけで。
 
いろいろあって、奈良公園へと無事到着。わーい、鹿がいっぱい。
ここからは自由行動。ツアーだからといって、団体で行動したり、ガイドさんの説明をいちいち聞いたりすることはない。
 
やはり「東大寺」は見逃すわけにはいかない、と我々。
思い出されるのは手塚治虫氏の火の鳥・鳳凰編である。東大寺建立を流れにいれた2人の仏師の宿命の戦い。傑作。
 
さて、奈良は雨が降り出していたが、情緒をつくり出す良い演出になってくれていた。
鹿いっぱいの公園をぶらつき、着いたばかりの奈良の光景に風情を感じながら、しずかに「東大寺」へと歩を進める。
奈良は初めて、というcheeは目をランランさせていた。
 
我々は入口の巨大な「南大門」に立つ金剛力士像(仁王像)に感激し、いそいそと「大仏殿」へ。
それにしてもさすがは修学旅行の金字塔。修学旅行と思われる小学生らが多い。
いろいろな所からいろいろな小学生が見学しに来ている様子。赤白黄色に青やピンクの帽子だったり制服だったり。さらに色物の傘を差している。風景がカラフルでポップになってしまう。
 
この大仏殿の中に、穴の空いた柱が1本だけ存在する。
これは盧舎那仏像の鼻の穴と同じサイズとされ、これをくぐり抜けられれば無病息災の御利益があるとされている。
卒業アルバムの中に、これをくぐって抜け出た瞬間の苦痛に歪めたクラスのお調子者のガンメンが収められている。卒業アルバムあるあるだ。
 
我々も小学生らのうしろにまわって順番を待った。
まずcheeが挑戦。くぐってる最中は周囲の観客の注目の的になるので、恥ずかしさのあまり難なくひゅるるっとイタチのようにすり抜けた。
次に自分が挑戦した。このスレンダーな身体を持ってして、この程度の穴が抜けられないはずもなかった。頭をすっと出したところで、cheeに「ストップ」の声をかけられた。
自分は柱に串刺ししたままの体勢をキープし、スナップショットに収まった。
 
Todaiji_4
 
 
■斑鳩の里・法隆寺 〜1400年前の歴史舞台へ
 
奈良公園をあとにし、バスは「法隆寺」へ。
到着するなり、とりあえずはお腹をこしらえることに。
「松鼓堂」という茶房で、奈良の郷土料理「茶粥」をいただく。ほうじ茶とグズグズになったお米のさらりとした食感が奈良の旅を演出してくれます。
 
聖徳太子のゆかりの寺院にして現存する世界最古の木造建築物群の数々が並ぶ。そんな法隆寺は個人的に非常に愉しみであった。
思い出されるのは、過去に頂いたマスターマインドの「法隆寺」のサウンドトラックである。
日本人の琴線に触れるメロディという表現をどこかで読んだが、この楽曲のイメージが強く、たいへん聖地的な印象。外の雨もそれに加味。
 
南大門から境内へ。飛鳥時代に建立されたという「中門」には日本最古の金剛力士像(仁王像)がいる。
すごい、にらんでくる。
「金堂」の中には金剛釈迦三尊象のほか、薬師如来像、阿弥陀如来像が左右に安置され、四方には最古の四天王像たちがいらっしゃいます。
飛鳥時代の仏像の特徴はアルカイック・スマイルと言われる微笑みらしい。生命感と幸福感を含んだ微笑みを浮かべていらっしゃいます。
「五重塔」の1階部は見学可能。東西南北の四方に向け、釈尊の入滅など、それぞれ違った場面が表現されています。
別のツアー団体のガイドさんが説明しているのを盗み聞いたりして、なるほどと関心しきり。
次に、貴重な寺宝が多数展示された「大宝蔵院・百済観音堂」へ。
 
建物の内部には「夢違観音像」が展示されている。いや、安置されている。
夢違観音は「悪夢を見ても、吉夢に変えてくれる」という信仰があるとのことで、さっそく今朝方に観てしまった親のガンメンを殴るような夢を思い浮かべながらお祈りした。
 
最後に「夢殿」を見学。
雨の「法隆寺」。自分への土産は、このあいだD&DのGIFT展で入手した奈良の「白雪ふきん」とまったく同じ柄の「白雪 友禅はんかち」。
さっそく重宝した。
 
Horyuji_3
 
 
■街歩き 奈良タウン
 
バスはホテルへ。チェックインを済ませたあと、休むことなく外出。
駅周辺エリアの奈良タウン界隈を散策。&夕食。
着いたときから気づいていたけど、話題の「せんとくん」グッズが豊富だ。
現在、ロッテの「Fit's」でも奈良を取り上げていることが帰宅後に判明したが、CMで踊っているのは「まんとくん」。
でも奈良現地では「まんとくん」もかなりのグッズ展開をはかっている。
 
夕飯は「ふる里」というところで、「出し巻き定食」をいただくことに。
出し巻きたまごがメインの定食だなんて珍しかったので。
 
呼び出しベルが、壁面に設置してあることに戸惑った。
インターホンみたいだった。
 
Hurusato
 
上品なお味は関西風ならではか。 おいしくいただきました。 
あとそうそう、親子丼ならぬ「他人丼」というのが普通にメニューの中に含まれているのもカルチャーショックだった。
 
  
さて翌日は、のどかな風景と魅惑ノスタルジー、そして古代史のロマン感じる飛鳥へ。


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